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大阪高等裁判所 昭和30年(ラ)34号 決定

抗告人 岡山労働金庫

代表者理事 吉村新平

訴訟代理人 名和駿吉

相手方 小嶋善吉

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由は未尾添付のとおりである。

金銭債権の差押命令は、第三債務者に対し債務者に支払をすることを禁じ、又債務者に対しその債権の処分殊に取立をしてはならないことを命ずる効力を生ずるものであるから(民事訴訟法第五九八条)、差押命令には、差押債権が債務者の第三債務者に対する他の債権と区別できる程度にその種類と数額とが明示されなければならないのであつて、差押債権がこの程度に特定されていないときは、債権差押の効力を生じないものといわなければならない。ところが神戸地方裁判所昭和二十七年(ル)第一六九号債権差押命令には「差押うべき債権の表示」として、「一、金五百万円也。債務者小嶋善吉が第三債務者株式会社伊予銀行大阪支店に対して有する、一、昭和二十七年九月十五日約定の金五百万円の定期預金債権。一、昭和二十七年九月二十二日約定の金五百万円の定期預金債権。一、昭和二十七年九月二十四日約定の金五百万円の定期預金債権。右合計金千五百万円の中金五百万円也。」と記載されてあつて、右三個の債権の内五百万円というに止まり、本件で問題となつている右九月十五日約定の五百万円の定期預金債権の内何程を差押債権とするものか、その数額が示されていないから、右五百万円の債権の内差し押えられるべき部分が特定されず、従つてこれについて差押の効力を生ずるに由がない。債権者は差押命令の申請について差し押うべき債権の種類と数額とを明示してこれを特定することを要するものであつて(民事訴訟法第五九六条)、裁判所は申請の趣旨に基いて差押の許否を調査するけれども、その債権の存否を認定するものではない。九月十五日約定の五百万円の定期預金債権の内実際に存在していた部分が客観的には定つていたとしても、差押命令にその部分が数額を示して特定されなかつた以上、この部分について有効な差押があつたものということはできない。

右のように差押債権が特定しないため差押の効力が生じなかつたものであるから、抗告人主張のような超過差押の問題は生じない。

以上の説明で明らかなとおり、抗告人の主張はすべて採用の余地なく、原決定にはこれを取り消すべき違法の点はないから、本件抗告を棄却することとし、抗告費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大野美稲 判事 松村寿伝夫 判事 熊野啓五郎)

抗告の理由

一、抗告人は昭和二十七年神戸地方裁判所に於て同庁同年(ル)第一六九号(ヲ)第三一五号債権差押並転付命令の決定を得之に基き第三債務者株式会社伊予銀行を被告として転付金引渡請求訴訟(松山地方裁判所昭和二十七年(ワ)第四五四号事件)に及んだ結果昭和二十九年三月二十四日債権差押並転付命令に付債権の目的が特定せず従つて無効の故を以て敗訴に帰したものである。

之に対し抗告人たる原告は右判決を不服とし高松高等裁判所に控訴係争中である(同庁昭和二十九年(ネ)第一四一号事件)

二、然るところ抗告人が高松高等裁判所に於て主張立証せんとするところは左の通りである。即ち神戸地方裁判所昭和二十七年(ル)第一六九号(ヲ)第三一五号債権差押並転付命令の内容は、「一、金五百万円也債務者小嶋善吉が第三債務者株式会社予伊銀行大阪支店に対して有する。一、昭和二十七年九月十五日約定の金五百万円也の定期預金債権、一、昭和二十七年九月二十二日約定の金五百万円也の定期預金債権、一、昭和二十七年九月二十四日約定の金五百万円也の定期預金債権、右合計金一千五百万円也の中金五百万円也」というのであつて前記松山地方裁判所の第一審判決は右の表示を以ては未だ債権が特定せざるの故を以て債権差押並転付命令が無効であるというのであるが抗告人は仮に右転付命令が無効であるとしても差押命令迄が無効であるとの判断に付争うものである。その理由とするところは、

(一) 差押債権が特定されないから無効であるというが債権差押に明示さるべきは債権の種類並に数額(民事訴訟法第六百壱条)であつて之を債務者の第三債務者に対する別箇の債権と区別し得れば以て足るものである、本件に付いて言えば三口の五百万円の定期預金債権と特定されているから差押の効力に欠くるところはない。(二) 又特定性については客観的に特定すれば足りるものであつて例えば「第三債務者銀行に於ける債務者名義預金」という如く特に預金勘定の指定のない場合でもその特定が認められ且預金勘定種目が数箇ある場合にも有効であるとされているものである。(三) 更に五百万円の三口の債権中当然実際上存在し且履行期の先に到来したものより効力を生じ之に充当さるべきは常識上当然のことである。(四) 進んで又五百万円の請求金額に対し千五百万円の差押は超過する如くであるが千五百万円は飽く迄名目上の価額であつて万一すべての預金がその反対債権(例えば手形貸付金)と相殺適状ありとすれば差押債権額は零に等しく差押は有名無実のものとなるし実際取引上かかる多額の銀行預金債権が反対債権なくして成立することは稀有の事例に属するのであつて論旨の云う如くなれば実際上数種又は数口の銀行預金に対する債権差押は不可能に近いものとならざるを得ない(順次に差押又は転付命令を申請するに先立ち銀行は相殺其他の方法で自由に差押を不可能ならしむるであろうことは一見明瞭である)。(五) 仮に右(一)(二)(三)(四)の如く解しないとしても右差押は超過命令に対して異議の申立乃至抗告の確定しない限り差押が無効となる理由は全く存しない。以上の如く抗告人は転付命令の無効は敢えて之を争はざるも差押命令は有効であると確信しこの前提の上に改めて転付命令を申請したものである。

三、然るに原審の判断は恣に抗告人自らが先の神戸地方裁判所昭和二十七年(ル)第一六九号(ヲ)第三一五号債権差押並転付命令を無効であると認めた如く独断し申請却下の決定をなしているけれども抗告人は先の失当なる転付命令により訴の基礎を根底から覆されることになるので新に転付命令を求める必要があり又併せて最も問題の多い先の第二の定期預金に付債権差押並転付命令を求めたものに他ならない(右は神戸地方裁判所昭和二十九年(ル)第四四九号同年(ヲ)第五四四号事件の目的であるが第三債務者の夙に之を否認しているものである)。抗告人申請の趣旨は右申請によつて抗告人の請求が必らずしも満足されるものではないから(裁判所の差押並転付命令によつて形式上執行は完了するといつても実質上は必らずしもそうではない)。執行に関し動産の差押によつて満足を得ざる債権者が更に執行力ある正本を得て不動産の執行に及ぶ事例と同様又訴が択一的に或は選択的に可能な如く申請に於ても又同様であるべしとの根拠の上に前記差押並転付命令の申請と同時に同日付を以て原申請に及んだ次第であり原決定は違法なりと確信して本件抗告に及ぶものである。

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